放課後のチャイムが、遠い記憶の彼方で鳴り響いたような、不思議な黄昏時。
蜜色をしたオレンジ色の西日が長い坂道を斜めに切り裂き、家路への距離を更に遠く感じさせている。
「……ねえ、もう限界。私のエネルギー、もう一滴も残ってないんだけど」
岡崎が、まるで吊り糸の切れたマリオネット人形のように、瀬戸の背中に寄りかかった。
普段の「理論武装した狂気」はどこへやら。今はただの、空腹に打ち勝てなくなった一人の女子高生だ。
「……あー、わかってるよ。あんた頑張ったよね、居残り。だからさ、あそこ行くから」
瀬戸が、少し呆れたように、笑って坂の上の方を指さした。
坂の途中に建つ、街の風景に溶け込む小さなファストフード店。
そこから漂ってくる、香ばしくて、どこか懐かしい、油のにおい。
岡崎の鼻がクンクンと、その店へと吸い寄せられていく。
「やたっ!揚げポテト、Lサイズ!半分こ?」
「……当然。半分こなら、私の『ダイエットへの意志』も維持できるわ」
二人はローファーの音を足早に響かせながら、そそくさと店内へと入り込んでいく。
カウンターで受け取った紙袋は、底からじんわりと熱を伝えてくる。
この店の『揚げポテト』……そう彼女たちは呼んでいる、何の変哲もないフライドポテトが、この辺りの学生たちには大人気なのだ。
店を出るやいなや、岡崎が我慢できなくなったように袋を開けた。
「熱っ……!」
短い悲鳴。でも、その顔はいたって幸せそうだ。
岡崎は、指先で器用に一本を抜き取ると、はふはふと口に放り込んだ。
「……ん!カリッとした、この外側の歯ごたえ。ほくほくしたジャガイモの甘み、そして、絶妙な塩気……。これよ。これこそが、現代における『幸福の最小単位』ね」
「……うーん、まあ、全身に染み渡るわねー」
瀬戸もまた、反対側から一本を手に取っていた。
彼女は口元に、ポテトの粉をつけたまま、次のポテトを口へと運びながら喋る。
「岡崎はホント、何でも分析するわね。ポテト一本にまでさ」
「いいえ。これは分析じゃないわ。活動した脳と体には塩分が必要。発汗で失われた水分とナトリウムの補給……。はふはふ、これこそが私の『生命活動の再起動』なのよ」
「……はいはい、生命活動ね。……(あー、いいわね、これ)」
オレンジ色に染まる街並み、西日が当たる駅へと向かうこの坂は、帰りの遅くなった生徒たちがちょうど通る頃、彼らの影を長く真っ直ぐと伸ばしてゆく。そう、それは、もっともっと健やかに伸びてくれよ、とエールを送っているかのように。
他愛もないやり取りをしながら、二人は盛んにポテトを奪い合う。小さな笑い声が混じる。最後のほうの、カリカリに揚がった短いポテトをどちらが取るか。その些細な奪い合いさえ、今は愛おしくてたまらない。
特別なことは、何も起きない。ただ、揚げポテトの温かさと、隣にいる親友の体温がある。この一瞬の「日常」こそが、いつか大人になった二人が、ふと思い出す一番眩しい記憶になるのだろう。
自由を解剖し、責任を背負い、明日へと歩むための、小さな、けれど確かな「充電」の時間。
「……ねえ、瀬戸。明日も、ここ来よう!」
「……勝手にしなよ。……まあ、いいけど」
瀬戸は少し顔を背けたが、その口角は緩んでいた。
(つづく……? いや、今はこのまま揚げたポテトの食感を感じていたい〜ハフハフハフ:瀬戸)